2005年11月11日・・・

5. コンピュータと人間


先生方からは、きっと「ドリル的なものなら、コンピュータでも可能かもしれないが、新単元の導入部分がコンピュータにできるのだろうか?」とか、「つまづき箇所が、学年を越えていても大丈夫なのか?」とか、「そもそも生徒の質問に本当にコンピュータが答えられるのか?」との声が上がると思います。私は、そういう先生方と対話したいと思っています。

人間にしかできないと思われていたエアライン機の操縦。これもかなり前から、コンピュータがやっています。パイロットは、じっと見守るだけ。機械にできることは機械にさせる。その方が、間違いがなく正確で、コストも低い。採点はコンピュータにさせ、(もちろん採点は、生徒を知る上で大切なことは十分承知していますが)人間はもっと高次な仕事をする。学力をつけさせる思索、生徒の人間的成長のためのアドバイス、褒める、励ます、総合的な判断。これらはコンピュータより人間の方が上手です。

人間の教師は、このような人間にしかできない「価値あること」にもっともっと時間とエネルギーを集中していくべきです。 これが、教師にとっても、生徒にとっても、幸せにつながる道なのです。さらに、この道は、学習時間短縮効果もあるのです。劇的な効果があります。

と言っても、今の学校で、すぐに、そのようなコンピュータ利用は、困難でしょう。そもそも1人1台のパソコンがない。せいぜい、コンピュータ室が使えるときだけ。ざっと400人の小学校に20台ですから、20人で1台。これではどんなに時間割を工夫してもどうにもなりません。しかし、これは始めの一歩としては、ちょうどいいと考えましょう。やれるところからスタートしませんか。 未来目指し、コンピュータの有効性を追求しませんか? 有志で、現場の様々な場面での有用性を、実証して行きませんか? みらい21は、そのお手伝いをさせていただきます。

未来の学校。 私の夢です。 人間の先生による、一体感ある楽しい一斉授業。 皆で同じことを共有できる一斉授業。賑やかに議論できる一斉授業。ドキドキするときもある一斉授業。伝統と経営効率に優れた一斉授業は、皆と交流できる「動」の世界。

一方、1人ひとりの学力を伸ばすのに優れた 個人別指導、応個学習、自学自習
この時間の教室は、黙々と作業する生徒たちで、まるで図書館のよう。静かな作業の音だけが聞こえる。 そして時折、手を上げて、人間の先生に質問する。すると、すぐに先生は気づき、足早にその生徒のところに行き、静かな対話が始まる。

生徒が自分で、自分の学習を、自主的に進める時間です。「教えてもらう」という長年の受身姿勢を 切り替える訓練の時間。企業は「指示待ち人間」がだんだん増えて困っている。

生徒が、ノートと鉛筆で、計算し、答えを出し、それをコンピュータに入力し、採点させるのです。自分から働きかけなければ、1画面も進みません。逆に働きかければ1画面、2画面とその努力に応じて進みます。そういう風に設計されているのです。頑張った人と頑張らない人で「差がつく」時間。良きにつけ悪しきにつけ、自分の行為の責任は、自分がとるということを、暗黙のうちに、いつもいつも、気づかせる時間。

目指す目標は、どちらかと言えば他人より「自分」。各教科の重要事項・単語・例文などを少しでも多く「覚える」ため、黙々と記憶作業に専念する時間。「覚える事」は、いくらでもある。学年の制限はない。算数・数学、英語の難しい問題は、自分の頭をフル回転、問題に深々と集中する時間。いわば個人個人の「静」の世界です。

これら「静」と「動」がバランスよく存在する学校。例えれば、食べ物の「甘いもの」の後には「しょっぱいもの」が欲しくなるように、逆に「しょっぱいもの」の後には「甘いデザート」がいっそうおいしくなるように、「一斉指導」と「自学自習」の絶妙なバランスは、未来の学校の姿だと信じてやみません。これこそが、生徒にとっても、教師にとっても、学校が「意欲」と「やる気」。「希望」と「楽しさ」を生み出す場となる上で、致命的に大切な要素です。将来、多くの実りをもたらす道だと信じています。

話は変わります。私の大学時代の友人でもあり、みらい21の顧問でもある 国立上越教育大 N教授の言葉。「(教育で)アメリカと比べ、優れているところの多い日本ですが、決定的に遅れている分野がある。それがコンピュータ利用なんです」という言葉に象徴されるように、日本では、まだまだ、教師も行政も、本気でコンピュータ利用を考えていない。

そのアメリカですが、今年の8月20日付け 読売新聞に、ニューヨーク第6学区の教育長を12年間務めたアンソニー・アマト氏が紹介されている。「IT活用で学力が向上するという固い信念の持ち主」。貧困層が9割をしめる最も困難な地域で、英語は“ビリ”から中位、数学は上位3分の1にまで上昇させた。その原動力がITであった。家庭学習までIT活用ができるよう行政を動かし実現。 99年来日したアマト氏は、日本でコンピュータ利用への関心が低いことについて「どこかで突出した学力向上という成果を上げれば、近隣の学校の親が黙っていない。そこで行政も教師も変わる」と指摘した。